ワイキキのビーチから車でわずか15分ほど。同じホノルルとは思えないほど雰囲気の違う一角があるのをご存じでしょうか。
それが、中国系・日系移民の歴史が色濃く残るダウンタウンの「チャイナタウン」です。実はこの街、一度は地図から消えかけたことがあるほどの壮絶な過去を持っています。今回はそんなチャイナタウンの知られざる歴史と、今だからこそ楽しめる歩き方を紹介します。
目次
観光客より地元感、ホノルルのもう一つの顔
チャイナタウンは19世紀後半、サトウキビ農園での契約労働のために渡ってきた中国系移民たちが商店や食堂を構えたことから発展したエリアです。現在も乾物屋や漢方薬局、花屋、精肉店などが軒を連ね、ワイキキのようなリゾート然とした雰囲気とはまったく異なる、生活感のある空気が漂っています。
エリア随一の老舗市場「オアフマーケット」では、豚や鶏の頭、内臓、乾物、鮮魚まで並び、地元の人々の食卓を支えてきた市場ならではの活気を体感できます。観光地化されたグルメスポットとは一線を画す、ホノルルの素顔に触れられる場所と言えるでしょう。
実は「街ごと焼き払われた」過去を持つ通り
チャイナタウンの美化されがちな歴史の裏には、あまり知られていない重い出来事があります。1899年末、ホノルルで腺ペストの感染者が確認されると、保健当局はチャイナタウンを感染源とみなし、汚染された建物を焼却する対策に乗り出しました。
しかし1900年1月20日、制御されていたはずの焼却の炎が強風にあおられて燃え広がり、チャイナタウン一帯の推定38〜65エーカー(東京ドーム約3〜5個分)が全焼。この火災で約4,000〜5,000人が家を失いました。さらに衝撃的なのは、燃え盛る街から逃げ出そうとした住民たちが武装した警備員によって隔離区域の中へ押し戻されていたという記録が残っている点です。
死者こそ出なかったものの、当時の中国系・日系住民に対する差別的な扱いが色濃く表れた出来事として現地では今も語り継がれています。今歩いている石畳の街並みは、こうした苦難を経て再建されたものなのです。
マウナケア通りの格安レイと、掘り出し物探しの楽しみ
チャイナタウンのマウナケア通り(Maunakea Street)には、生花のレイを扱う専門店が軒を連ねています。ワイキキのホテルやギフトショップで購入するよりも価格が安く、口コミでは2本で50ドル程度という声もあるほど。
地元の人がグラデュエーションや結婚式、記念日のために立ち寄る、いわば「レイのプロ御用達通り」です。花の種類も豊富で、プルメリアやオーキッドなど自分好みの一本を選ぶ楽しみもあります。観光客向けに値付けされていないからこその安さは、旅行者にとって案外知られていない掘り出し物ポイントです。
エリアの端、ヌウアヌ運河沿いには1906年創建の「出雲大社ハワイ分院」があり、1969年にこの場所へ移転してきました。中国系だけでなく日系移民の歴史も重なり合っているのがこのエリアの面白さです。派手な観光名所ではありませんが、鳥居越しに見えるダウンタウンの高層ビル群という組み合わせは、ここでしか見られない景色でもあります。
毎月第1金曜日の「ファーストフライデー」と訪問時の注意点
チャイナタウンは近年アートギャラリーやおしゃれなバーが増え、再開発が進むエリアでもあります。特に毎月第1金曜日の夜に開催される「ファーストフライデー」は、ギャラリーやショップが夜遅くまで無料開放され、地元アーティストの作品やライブパフォーマンスを楽しめる人気イベントです。
ただし治安面では注意も必要で、日中は活気があり歩きやすい一方、日没後は雰囲気が一変するとされています。薬物売買が行われるエリアもあるとされ、少人数での夜間の徘徊は避け、イベント参加時も早めの切り上げがすすめられています。近年は地域ぐるみの取り組みで治安改善が進んでいるともいわれますが、昼間の散策をメインに計画するのが安心です。
ハワイ気分を登戸でも
移民たちの歴史や商店の活気が積み重なってできた街を歩くと、観光地とは違ったハワイの奥行きを感じられます。LEAF&BEANは「CONNECT WITH COMFORT」をコンセプトに、自家製グルテンフリースイーツや栄養バランスの良いフード、健康志向のドリンクを揃え、心地よく過ごせる空間を目指しているカフェです。
次のハワイ旅行の計画を練りながら、登戸で少し違った角度からハワイに思いを馳せてみませんか。
まとめ
ホノルルのチャイナタウンは、ペストと大火という壮絶な歴史を乗り越えて今の姿になった、ワイキキとはまったく違う表情を見せてくれるエリアです。
オアフマーケットの活気やマウナケア通りの格安レイ、月に一度のファーストフライデーなど、地元の暮らしに近い形でハワイを楽しめる一方、夜間は治安への配慮も欠かせません。次にオアフ島を訪れる際は、ビーチや自然だけでなく、こうした街の歴史にも足を向けてみると、ハワイの新しい一面が見えてくるはずです。