ハワイをもっと知りたい! ハワイの歴史やハワイ主要6島を解説

2024.1.15
南国の楽園ハワイ! その基本情報や歴史の流れを時代別に紹介

日本のみならず、世界的にも人気で有名な旅行先であるハワイは、18世紀に西洋人に発見されて以降、激動の時代をいくつも潜り抜いてきたことをご存じでしょうか。

ハワイは1959年にアメリカの50番目の州に登録され、アメリカで最も新しい州でもありますが、それ以前にも古く興味深い歴史がいくつもあり、ハワイ特有の言語や文化にその背景にあります。

ハワイの歴史を知ることで、より訪問や滞在がより楽しくなるはずです。

この記事ではハワイの知っておきたい基本情報ハワイの由来ハワイの歴史や主要6島について解説します。

ハワイは太平洋に浮かぶ常夏の楽園

ハワイは太平洋に浮かぶ常夏の楽園

ハワイは太平洋に浮かぶ、アメリカ合衆国第50番目の州で、8つの島々をまとめてハワイ諸島と呼びます。

「ハワイ」という名前の由来は最初に発見したと伝わっている人物「Hawai’i Loa」にちなんだという説が有力ですが、ハワイ語Hawai’iとはポリネシア語で神の居る場所という意味です。

ちなみに、語尾に2つの「i」が並んでいる通り、英語以前にハワイで広く使われていた言葉では、「ハヴァィッイ」という発音が本来のもの。

「Ha」は呼吸や息、「wai」は水、「’i」は魂という意味があります。

公用語は英語とハワイ語の両方ではありますが、現在ではハワイ語を話す人が少なくハワイ語の文化が消えてしまうと言われているほどです。

ハワイは常夏と呼ばれる亜熱帯気候に属しているため、年間平均気温は24℃もあります。

日差しは強いのですが湿度が低く常に風が吹いているため、日陰では涼しく感じることもあるでしょう。

 

ハワイだけど雪が降ることもある

常夏のハワイだから、雪などには無縁かと思われがちですが、そうでもありません。

ハワイのモロカイ島にある標高4,200mのマウナケア山では冬季に雪が降ることがあり、山頂に雪が積もって見えることもあります。

冬の時期の平均気温はマイナス4℃になることもあるようで、常夏とは思えないほど寒い地域もハワイにはあるのです。

ちなみにマウナケア山は日本の富士山(3,776m)よりも、約500mほど高い山となります。

 

ハワイ諸島で観光客の訪問が許されているのは6島だけ

ハワイ諸島で観光客の訪問が許されているのは6島だけ

ハワイ諸島には8つの島が属していますが、観光客の訪問がゆるされているのは次の6島です。

【カウアイ島】

6島の中では最西にある、4番目に大きな島です。島のシンボルとなる花はモキハナで、1923年に島花に指定されました。

【オアフ島】

6島の中で3番目に大きな島で、州都はホノルルです。日本人が最も多く訪れる島であり、ワイキキビーチやホノルルマラソンの会場としても有名です。

島花はイリマで1923年に指定されました。ハワイ王朝のシンボルにもなった花です。

【モロカイ島】

モロカイ島は6島の中で5番目に大きい島で、東西に長く伸びた形が特徴の島です。

島花は白いククイに指定されています。

【ラナイ島】

6島の中で最も小さな島で、島の土地は98%がアメリカ人実業家が所有している稀有な島です。

またラナイ島は信号機が一つもないことやマネレ・ゴルフコースが有名です。島内で舗装された道路は全長わずか48kmだけで、その他は4WD車出なければ進みにくいような舗装されてない道となります。島花はカウナオアです。

【マウイ島】

6島の中で2番目に大きな島で諸島で最大の人口を持っています。島の花はロケラニです。郡庁所在地はワイルクで、ハワイ王朝の首都だったラハイナという港町があります。

【ハワイ島(ビッグアイランド)】

ハワイ諸島の中で最大の島です。島の花はオヒア・レフアといいます。郡庁所在地はヒロで、ここは日系移民によって開発された都市です。

この中で、日本で最も頻繁に「ハワイ」として紹介される島がオアフ島です。

イオラニ宮殿やパールハーバーの史跡、ワイキキビーチ、ダイヤモンドヘッドなど、誰でも一度は聞いたことのある場所の多くがオアフ島にあります。

 

ハワイの歴史

ハワイの歴史

では、ハワイの歴史を以下の主な時代に分けて、簡単にみていきましょう。

  • ハワイ王朝成立以前
  • ハワイ王朝時代
  • ハワイ共和国時代
  • アメリカ領・併合時代
  • ハワイ州時代

 

ハワイ王朝成立以前

およそ1,500年前に、マルケサス諸島のポリネシア人が約3,200kmの距離をカヌーで渡航し、無人島だったハワイ島を発見しました。これがハワイ発展の小さなきっかけとなります。

それから500年後にタヒチからの移住者が増え、信仰の基礎となる神そのものの思想や神と人間にまつわる思想や宗教を持ち込間れました。

それら思想によるカプ(禁忌 / タブー)から厳格な社会階層が導入され、このカプはハワイ王朝の滅亡期まで存在していました。

それ以降のハワイは文化とともに隆盛し、フラダンスハワイレイサーフィンなど様々な芸術や文化、スポーツが生まれました。

当時のレイは現代のように歓迎を意味するものではなく、もっと神聖で厳格なものとして扱われていました。

1778年にジェームズ・クック(キャプテン・クック)がハワイ諸島のカウアイ島ワイメア湾に上陸し、当初この諸島をサンドイッチ諸島と名づけられていました。

クックの上陸により西洋とのつながりがここから始まりました。

その13年後の1791年、ハワイ島のカメハメハがハワイ島の勢力全て統一し、1810年にハワイ諸島全域を統一しハワイ王朝(ハワイ王国)が誕生しました。

 

ハワイ王朝時代

ハワイ王朝が誕生して9年後の1819年にカメハメハ大王が死去するとすぐに、その嫡男であるリホリホ(カメハメハ2世)により土着信仰やカプによる戒律が廃止され、その長いカプの歴史に終止符が打たれました。

翌年1820年に、アメリカのボストンからプロテスタント宣教師がハワイに上陸し、福音主義キリスト教が布教され、この宣教師団の影響で教育や政治、経済が大きく変化し、急速にハワイは発展していきました。

このとき、宣教師の妻たちによってキルトが伝えられ、ハワイ独自のハワイアンキルトが始まります。

▼ハワイアンキルトについて以下の記事で詳しく解説しています

ハワイの伝統模様16選!モチーフに込められている意味を解説

キリスト教が布教されると同時にハワイは貿易商や捕鯨漁が盛んになり、それらを商いとする漁民が集まるようになり、特に捕鯨漁はマウイ島のラハイナ港が栄えました。

しかしハワイ島の発展が進む中、これまでハワイではなかった様々な疫病が西洋から入ってきました。

その疫病とは天然痘、インフルエンザ、百日咳、コレラ、水痘などで致死率の高い感染症が入り込んでしまい多くのハワイアンが命を落とす自体となってしまいました。

20世紀になるとハワイ製糖会社が設立され、同じくパイナップル農園も大きく栄えます。

しかし深刻な人手不足に陥ったため、日本人、中国人、フィリピン人、ポルトガル人の移民を受け入れることになりました。

1850年に公式にオアフ島のホノルルが首都に決定。ハワイ帰化を条件に欧米系白人の政府要職着任が可能になり、徐々にハワイ王権は縮小していきます。

最初で最後の女王、リリウオカラニが即位。リリウオカラニは白人の夫を持つハワイアンの女王でした。

女王は共和党と対立しますが、共和党はアメリカ海兵隊を呼んでクーデターを勃発させます。これが、アメリカがハワイで力を持つようになった原因です。

1895年にリリウオカラニ女王が廃位に同意したことでハワイ王国は終焉を迎え、ハワイ共和国が誕生しました。

参考:ALOHA PLOGRAM「ハワイ王国の成立

 

ハワイ共和国時代

1894年、暫定政府が「ハワイ共和国」誕生を宣言します。このときはアメリカの準州という扱いです。

日本人の参政権の獲得によって日本政府が介入することを防ぐため、日本政府による官約移民が廃止されます。

以後、日本からは自由移民が増えますが、ハワイは上陸を拒否しました。当時、農園などで働く日系人の割合は60%を超えていたと言われています。

参考:ALOHA PLOGRAM「ハワイ王国の終焉

 

アメリカ領・併合時代

ハワイのアメリカ化が進み、真珠湾に軍事基地を設置しました。

移民問題が顕著化し、労働者によるストライキも多発、ハワイ内で差別が浮き彫りになったことでそれを解消しようとハワイの立州化は加速します。

1941年、日本がオアフ島の真珠湾を攻撃。日系人の身柄拘束・生活規制がアメリカ本土とハワイで開始されます。しかし戦後の日系人の高い評価により、1943年に中止されました。

 

ハワイ州時代

1959年、米国の50番目の州に昇格します。そして1964年には米国が旅行規制解除したため、観光客がハワイに押し寄せることに。

その結果、砂糖・パイナップル産業の収入を観光業が凌駕しました。

1978年にハワイ人問題事務局が設置され、ハワイ語が州の公用語になります。州都のホノルルは観光地化し、リゾート産業が発展しました。1980年代より日本人による土地の買い占めが進んでいましたが、1991年のバブル崩壊で日本資本の投資が激減しました。

1993年には、ハワイ王朝転覆100周年記念式典が執り行われています。

現在のハワイへ続く、世界有数のリゾート地を擁する観光産業と、軍事基地運営をベースとした基地経済の主力産業基盤ができつつありました。

参考:ALOHA PLOGRAM「第2次世界大戦、そして米国50番目の州へ

 

現在のハワイが抱える課題

現在のハワイが抱える課題

現在のハワイでは、以下3つの課題を抱えています。

  • 多文化共存社会実現の要請
  • 先住民の文化・アイデンティティの再構築
  • 大きな経済格差と高物価

 

アメリカ本国とは異なる民族構成であるハワイは、多文化共存社会を今まで以上に作り上げていく必要があります。

ちなみに2020年の調査では、白人が約25%、フィリピン系が約14%、日系が約13%、中国系が約4%、朝鮮系が約2%、ベトナム系が約0.6%、ヒスパニック系が約9%、黒人が約1.6%、ハワイアンが約6%となっています。

アメリカ合衆国の中で唯一アジア系が多く、白人・黒人ともに少ないことが特徴です。

参考:weblio辞書「ハワイ州の人口動態

 

また、移民との混血が進んだことによるネイティブハワイアンの減少に伴う文化やアイデンティティの再構築も叫ばれ、ハワイ人国家建設の機運が醸成されつつあります。

さらに世界中から富裕層が移住したことにより、富裕者率は全米第一位になりました。

その結果、経済格差が大きくなり、物価が上がり暮らしにくくなっていると言われています。

 

ハワイも激動の時代を生き抜いてきた! 訪問先の知識を蓄えよう

現在は、世界中からアロハスピリットを体験しに多くの人がハワイを訪れていますが、ハワイは近代に入って以来、激動の時代をいくつも重ねてきました。

ハワイの美しい空と海、岩や森林などの大自然や多彩な文化を楽しむ前に、ぜひその歴史にも触れていただければと思います。

訪問する国についての知識があると、旅行はより楽しくなるはずです。ぜひハワイの歴史がもとになった奥深い文化に触れ、素晴らしい時間を過ごしてくださいね。


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